上越・東北/東海道・山陽

いつかは書こうとしていて、書き忘れていたことを書く。
「一九九〇年。四月一日。上野午前一〇時〇八分発新潟行き新幹線自由席。二人がけの座席を向かい合わせにして腰を下ろした四人の男たち」の光景を「夜の酒場の戯れがそのまま列車の座席や温泉宿の酒卓に場所を変えるにすぎないぼくらの小移動」と形容しているのは奥泉光『葦と百合』の冒頭だが、これは上越新幹線の雰囲気の見事に描いている。東京に住んでいる人間はフジロックだったりスキーだったり観光旅行だったり法事だったり里帰りだったり、とにかく東京での些事から一時的に解放されるイベントのために上越新幹線を利用する。横浜生まれの新潟育ちで18歳以降は一時的に新潟で隠遁している時期(いまがそうだ)を除けば基本的は東京とその近郊で生活しているオレにとっても、上越新幹線とはそのようなものである。利用したことはないが、東北新幹線も似たようなものだろう。
そんなオレがたまに東海道新幹線を利用すると(いま思い出せる範囲では、生まれてこのかた往復で4.5回しか乗ったことがない。「0.5」なのは東京から京都へは友人の自動車に同乗し、帰りはおたがいのスケジュールの違いから別行動を取らざるをえなくなり、新幹線を利用したことがあるからだ)、ひどく居心地の悪い思いをする。車内の雰囲気は日常の延長そのもので、「車内」よりは「社内」といったほうがいいくらいである。ぴりぴりした表情のビジネスマンが不機嫌そうに書類やノートパソコンを覗き込み、上越新幹線なら快く応じてくれる要求に対しても(「ちょっと席を替わってくれませんか?」などなど)、「何で見ず知らずのお前のために、何でオレがそんなことをしなければならないのだ」と冷たい反応が返ってくる。
前置きが長くなったが、半年ぐらい前の朝日新聞に第三社会面に載っていた記事によれば、上越東北新幹線が全面禁煙に踏み切ったのに、東海道・山陽新幹線がそうならないのは、利用客の客層が違うからだとのこと。上越・東北はもっぱら行楽のために利用され、東海道・山陽は仕事のために利用される。そして仕事のストレスを晴らすために煙草を手放せないビジネスマンは少なくなく、もし全面禁煙に踏み切ったらライバルである全日空なり日本航空なりに客を奪われるので、なかなか実行できないとのこと。なるほどね。てっきりJR東日本JR東海JR西日本の社内体質の違いだと思っていたが、もっと具体的な理由があったのか。

葦と百合 (集英社文庫)

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