讀賣を読まないで

わたしを離さないで

わたしを離さないで

去年の話題作にいまごろ言及するのも恥ずかしいが、さっき読了したのだから仕方がない。許せ。
舞台は1990年代末のイギリス、主人公はキャシーという31歳の女性、物語は彼女が「ヘールシャム」という施設ですごした少女時代から、現在にいたるまでを回想している。構成や文体*1に奇抜な点はなく、素朴な一人称リアリズム小説に分類できる。
と要約しても、作品に興味を持つ者はあまりいないだろう。しかしこのようにしか紹介できないのだ。柴田元幸の解説を借りるなら、これは「ごく控え目に言ってもものすごく変わった小説であり、作品世界を成り立たせている要素一つひとつを、読者が自分で発見すべき」であるからだ。先にも書いたように、この小説は表面的には「素朴な一人称リアリズム小説」の体裁をとっている。しかし読み進めていくうちに読者は何かがいびつであり、「リアリズム」の範疇から逸脱していることに気付く。そして朧げながらも作品世界が見えてくるとページをめくる手が止まらなくなり、決定的な真相を知らされると、どんな感想を持つのが適切なのかが判らずに呆然となる。しかもこの小説は語りのスピードが安定している。なみの小説は「重要な謎」を明かすときについ早口になるが、『わたしを離さないで』にはそのような軽率さはない。ここがまずもって賞讃すべき特色だろう。
ところでこの作品のタイトルをGoogleで検索すると、3番目くらいに讀賣新聞に載った著者インタビューが表示されるが、読了前は間違ってもクリックしてはならないワンクリック詐欺よりも恐ろしい目に会う。

*1:翻訳でしか読んでいないのに、文体を云々するのもおかしな話だが。