種蒔く人々

戦場のメリー・クリスマス

戦場のメリー・クリスマス

オレが熱心な坂本龍一ファンであるのを知っているひとなら、このアルバムをCDで買って最後まで聴き通したのは今日がはじめてだと言われても信じないかもしれないが、本当なのだから仕方がない。発売直後に貸しレコード屋で借りてダビングしたソニーのいちばん安いテープしか持っておらず、しかも上京したときにこのテープを実家に置いてきたのだ。オレの音楽的な知識は中学1年生だった当時よりは増し、記録媒体の音質も格段に向上しているのだが、やはりはじめて聴いたときの感動と昂奮は甦らない。
などと年寄りくさい自分語りに終始するのもつまらないので、もう少し有益(でもないか)な話を。ヴァン・デル・ポストによるこの映画の原作は由良君美富山太佳夫という豪華コンビで『影の獄にて』(ISBN:4783511934)として訳出されている。そして映画版がヨーロッパ圏では"Furyo"というタイトルで公開されたのを知り、原作のタイトルが何なのか知りたくなった。アマゾン・コムで検索すると" Merry Christmas, Mr. Lawrence"だと判明したが、これはどうも映画公開に合わせて改題したとおぼしい。そこでLaurens Van Der Post- Wikipediaで調べ、"The Seed and the Sower"がもともとの題名だとようやく判明した。これは『戦メリ』のサウンドトラック盤にも収録されており、「第二の主題曲」と評するひともいる佳曲のタイトルではないか。
最後にもうひとつ挿話を。この映画は"The Seed and the Sower"だけではなく、同じ作者による"The Night of the New Moon"という作品も参照にしているのだが、この作品は今日にいたるまで訳出されていない。なぜならこの小説は広島に原爆が投下されたのは、日本の軍部の暴走に対してアマレラスが下した「天罰」だとの解釈がほどこされており、由良君美から翻訳を依頼された高山宏が断ったからからである。高山は父が広島文理科大学(現在の広島大学の前身)の教授、母が呉市出身という出自の持ち主で、幼いころから多くの被爆者を見知っており、この解釈は自分には受け入れがたいと感じたのだ。なおこの段落に関しては、四方田犬彦『先生とわたし』(ISBN:4103671068)を参考にした。