ご旅行は計画的に

小田実の『何でも見てやろう』と沢木耕太郎の『深夜特急』は「無鉄砲な若者の無謀な紀行文」として世に知られているが、じつは両人ともけっこう計画的である。前にも書いたように小田実は日本人の留学生を多く受け入れいる国を調べて、最終的に旅費や食費も支給されるアメリカのフルブライト留学制度を利用することになった。さらには「大学院で古代ギリシア哲学を学んでおり、小説も発表している東洋人」という経歴が面接官の興味を持たれるのではないかと計算している。けっこうしたたかである。
沢木耕太郎フリーライターとしてそれなりに実績を積んで、初の単著の印税が振り込まれたときに、「この印税を切り崩せば、貧乏旅行ができるのではないか」と判断し、ユーラシア大陸横断の旅に出る。これもまあ、大学で経済学を学んだ者ならではの堅実さと言えなくもない(もっともマカオのカジノで浪費して、その後はかなりの貧乏旅行をするわけだが)。
などと唐突に紀行文の話をはじめたのは、ここ一ヶ月くらい公共交通機関に乗ったことがなく、書店を冷やかすのと犬の散歩に出かける以外は自室に閉じこもったままの生活を送っているので、旅行したい、日帰りでもいいから珍しいところに行きたい、という欲求が募っているからである。