「専属なしでフリーでやるなら割のいいアルバイトを探さなきゃむり」

柴田南雄がオレがもっとも敬愛するクラシック系の音楽評論家で、しかもその著作の多くがいまでは絶版となっているのを悲しく思っているのは過去に何度か書いている。ゆえに今日、近所の書店でこの本が「新装版」として店頭に並んでいたのは何とも嬉しかった(やはりネット上の情報に頼っているだけでは駄目だ。新聞広告の斜め読みや書店のそぞろ歩きのほうが、はるかに「お、これは」と思える書籍や雑誌に出会える可能性が高い)。
ただし気になるのは、この本が柴田南雄青土社から出したものとしてはそれなりに売れたほう(初版第一刷が出たのは1986年9月で、オレが持っているのは1988年5月の第五刷)だから単発的に新装版を出したのか、それとも「柴田南雄の著作を復刊させよう」という長期的なプロジェクトを立てていて、様子見としてこの本を復刊したのか、ということだ。もし後者であれば、クラシックに関心のある読者諸兄はぜひともお買い求めいただきたい。そうすれば「長期的なプロジェクト」が現実味を帯びる可能性が高いからだ。もとになった原稿は1960年代後半に書かれた(正確にはインタビューをリライトした)ものだが、内容はまるで古びていない。
なお「専属なしでフリーでやるなら割のいいアルバイトを探さなきゃむり」というのは、モーツァルトの世渡りの下手さ加減について柴田南雄が評した言葉。初読の大学生のときはこんなセンテンスは読み飛ばしていたのだが、モーツァルトよりも長生きしてしまったいまになって再読すると、何やら胸に迫るものがある。なお柴田南雄自身も当時は芸大教授を辞任しようかどうか迷っていたようなので、そうした悩みがこの発言に反映されているのかもしれない。