脳内ノベライズ
- 作者: おかゆまさき,とりしも
- 出版社/メーカー: メディアワークス
- 発売日: 2003/06
- メディア: 文庫
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こどものもうそうblog | 『撲殺天使ドクロちゃん』を読んだ20数名の女性の殺気を感じながら
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まあ、これでは女性が怒るのも無理はないというぐらい、男性優位の願望充足的なストーリーなのだが、そんなことはどうでもいい。問題は文体である。
『はいはいはいはい!』「はい、松本!」「ドクロちゃん今日の下着の色はなんですか!」
ドカボコバキボグ!!(松本が女子生徒にボコられる音)
「(ぽつりと恥ずかしげに)黒……(ドクロちゃん)」
『うおおおおおおおおおお!!(男子生徒一同)』
ドカボコバキボグ!!(僕が男子生徒にボコられる音)
「痛い痛い痛い痛い!(僕)」
完全に漫画である。一部のライトノベル作家はまずは漫画やアニメのシーンとして自分が描こうとしている情景を思い浮かべ、それを脳内ノベライズするかたちで文章にしているのではないだろうか。「涼宮ハルヒ」シリーズの文体はまだしも「小説らしい小説」を書こうという意志が感じられるが、「ドクロちゃん」にはまったくそれがない。ちなみに「ハルヒ」の作者の谷川流はオレと同じ1970年生まれで、「ドクロちゃん」の作者のおかゆまさきは1979年生まれである。「漫画とアニメとライトノベルしか知らない」という世代が作者としてライトノベルに進出するにつれ、この傾向は強まるのだろう。
しかしこれはライトノベル作家にかぎったことではない。昨日に引き続いて時代小説を例に出すが、池波正太郎や隆慶一郎は脚本家出身の小説家である。オレは脚本を書いたことはないのだが、映像化されるのを前提としているからには、映像化されたときの効果も考えながら書く場合が多いのだろう。彼らは小説家になってからもセンテンスが短く、目の前の情景がさっと浮かび上がる、ある意味ではライトノベル的な文体を駆使した(ただしこれはうろ覚えの印象であり、実際に読み返したらまったく違った感想を持つかもしれない)。だんだん牽強付会もいいところになりそうなので、ライトノベルと時代小説の関係についてはもう書かないが、ドクロちゃんが部長の木工ボンド部にはぜひ入部したい。