平井太郎さん

日本の近現代文学史上、本名とペンネームの落差がもっとも激しい作家は誰であろうか。オレならまずは平井太郎を推す。「平岡公威」や「津島修治」にはまだ文字面の美しさがあるが、「平井太郎」ではどうにもならない。逃亡中の犯罪者が咄嗟に思い付いた偽名のようだ。平井太郎の「二銭銅貨」では、貧乏生活から抜け出せない作家の苦境を描いた、しみったれた私小説だとしか思えない。と、「二銭銅貨」で気付いたひとが多いだろうが、これは江戸川乱歩の本名。「逃亡中の犯罪者が咄嗟に思い付いた偽名のよう」なのだから、ミステリ作家の本名らしいと言えば言える。
なお乱歩の息子は心理学者の平井隆太郎である。「隆」が加わっただけで、いきなり立派そうな名前になるのだから不思議なものだ。
ちなみに現役のミステリ作家にも本名とペンネームのギャップがはなはだしいひとがいるが、本人が積極的に本名を公開していない(かといってひた隠しにしているわけでもない)ので、ここでは書かない。といってもWikipediaにはしっかり書いてあるのだから、あまり意味のない配慮かもしれないが。