37歳にして漱石をまともに読む

こゝろ (角川文庫)

こゝろ (角川文庫)

「じつはきちんと読んだことがない日本近代文学の名作」を積極的に吸収するのが今年の目標なのだが、その代表選手とでもいうべき漱石のこの長篇を本日20:00に読了。amazon.co.jp新潮文庫版を注文したりつもりが、届いたのは角川文庫版であった。どうでもいいが。夏目漱石の長篇小説というと、学部生時代に集英社文庫版『坊っちゃん』(解説が渡部直己なので)と新潮文庫版『彼岸過迄』(解説が柄谷行人なので)だけなのだから、われながら好みが偏っているというか、ニューアカデミズムに毒されるにもほどがあると思わざるをえない。
さなきだにこれは奇妙な小説である。「上」、「中」、「下」でそれぞれ説話論的な分断があり、「下」だけを独立した作品として発表したほうが完成度の高い作品になったと思ってしまう。しかしロンドン留学中に「文学論」に着手した漱石がこうした構成上の不首尾に無自覚だったはずはないわけで、やはりこれは意図的なものだろう。そしてこの作品には、きちんとした固有名詞を持った登場人物がほとんど登場しない。柄谷行人の口吻を真似れば、登場人物にいかにもそのキャラクターにふさわしい名前を与えるのが「物語」(漱石でいえば、『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』)、どこにでもありそうな名前を与えるのが「小説」(漱石でいえば『こゝろ』以降)の違いということになる。するとこの作品はどちらにも属していないことになる。こうしたミステリアスな要素が、いまだにこの小説に惹き付けられる読者が多い証左になるのであろう。なお「先生」と「私」、「先生」と「K」の関係にボーイズラブ的な陰影を読み取ってしまうのは、オレが腐男子だからにほかならない。
坊っちゃん (集英社文庫)

坊っちゃん (集英社文庫)

彼岸過迄 (新潮文庫)

彼岸過迄 (新潮文庫)