二重のマジオタ

封印作品の謎―ウルトラセブンからブラック・ジャックまで (だいわ文庫)

封印作品の謎―ウルトラセブンからブラック・ジャックまで (だいわ文庫)

ほかの章もぱらぱらと拾い読みしつつ、第二章まで読了。第五章「萌える行政」で、三鷹市水道部の一件に触れられていたのが、思わぬ収穫。と書いても何のことなのか判らないひとが多いだろうから、詳しく説明する。
三鷹市水道部は毎年6月の水道週間に、節水啓発ポスターを作成、配布していた。これだけならよくある「お役所仕事」だが、1991年からOさんという職員が独断専行するかたちで、人気アニメのキャラクターをポスターに起用(と書くと、まるで実在の人物のようだ)するようになった。これはけっこう三鷹市民の話題になったようで、当時三鷹に住んでいたオタク文化に興味のない友人も、「水道週間のポスターは面白い」と言っていた。
そして1996年には浴衣姿の綾波レイを起用、これが圧倒的な話題になり、ポスターが一般向けに配布される日には窓口が大混雑、マニア向けのショップでは十万円以上のプレミアムが付いた時期があった。以上が「三鷹市水道部の一件」のあらましである。
ここでオレの興味を惹いたのは、Oさん(現在では高齢者福祉を担当)が「マジオタ」であることだ。ここでは「マジオタ」は、「マジでオタク」と「真面目なオタク」の両方を含意する。Oさんは水道部に配属される前から、役所が作るポスターやグッズの無難さに不満を抱き、「これでは市民に何もアピールしない」と感じていたとのこと。そこでコミケで知り合ったガールフレンドに頼んで、1987年に「萌え系」の年金啓発用ポスターを描いてもらったところ、周囲の職員が驚くほどの好評を博し、1989年には同じく年金関連のポスターで「パトレイバー」の泉野明を起用、そして1991年以降の快進撃(?)が続くことになる。なお人気アニメのキャラクターを次々と起用できたのは、アニメ産業にかかわる友人が多く、そのコネクションを活用したからだとのこと。この意味でOさんは、「マジでオタク」としての「マジオタ」である。
しかしOさんはポスター作成にあたり、女性差別と受け止められかねない表現には気を配り、また18禁のゲームが原作のアニメ(具体的は「To Heart」)のキャラクターは採用しなかった。要するに地方公務員としての最低限のモラルは守っているわけだ。Oさんは「真面目なオタク」としての「マジオタ」でもあるのだ。
文化庁主導でクール・ジャパンなるオタク・ナショナリズム(といってもかまわないだろう)政策が進行していて、東浩紀に原稿を依頼したところ、重要な一文が無断でリライトされていて東浩紀がブログに怒りをぶちまけたもののトップページの娘さんが可愛すぎて読者が腰砕けになったのは、記憶に新しい。オレはクール・ジャパンとやらが成功しようが失敗しようが、どちらでもかまわないと思っている(むしろ大失敗してほしい)。ただまあ、どうせ国家的なプロジェクトとして推進させるのなら、Oさんくらいの見識と良識を持ち合わせた「マジオタ」が内部にいないと、悪しきお役所仕事にしかならないのではないか。少なくとも麻生太郎ていどの「薄いオタク」がシンボルになっているようではどうにもならない。英語がお得意な太郎氏は、「英語がお得意な日本人」を痛烈に皮肉った健一伯父さんの著作でも読んだほうがいいのではあるまいか。
英語と英国と英国人 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)

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