「この血筋は最終的に、何の役にもたたぬ者をひとり産出した」
では祖国は敗けてしまったのだ。偉大であった明治の先人達の仕事を三代目が台無しにしてしまったのである。歴史に暗い私は文化の繁栄は国家のそれに追随すると思っている。あの狂人共がもういない日本ではすべてが合理的に、望めば民主的に行われるだろうが、我々は何事につけ、小さく小さくなるであろう。偉大、豪壮、崇高等の形容詞は我々とは縁がなくなるであろう。
大岡昇平「八月十日」
それから私は仕事を口実に彼を帰した。そうしながら私は了解した。終わったのだ、ということを、そしてこの青年を超えて――つまり特定の一人の青年だけを愛する恋が――終わってしまったということを。
ロラン・バルト「パリの夜」(沢崎浩平、萩原芳子訳)
Puis je l'ai renvoyé, disant que j'avais à travailler, sachat que c'était fini, et qu'au-dulà de lui quelque chose était fini : l'amour un garçon.
Roland Barthes 'Soirée de Paris'
オレは小さく、小さくならねばならず、偉大で豪壮な人物になってはならない(なれるわけがない)。特定の一人を愛するような恋愛をしてはならない(同上)。これはオレが主体的に選択したことではない。過去のオレ(すなわち他者、あるいは歴史)が現在のオレに要請しているのだ。主体的に選択したものではないからこそ、オレはこの要請に従わなければならない。
何も楽しんではならない。何も喜んではならない。誰からも尊敬されてはならない。誰にも救いの手を差し伸べてはならない(感謝されてしまうではないか!)。それが「何の役にもたたぬ者」、「台無しにした三代目」としての最低限の責務であり、目標でもある。
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