好きなものは言いたくない

聞きかじりの知識だが社会学音楽学の本で、「ひとは自分のいちばん好きな音楽は公言したがらない」という調査結果があったと記憶する。もとの本を読んでいないので以下の発言はかなり的外れになるかもしれないが、この気持ちはかなり判る。音楽にかぎらず文学でも映画でも、「いちばん好きなもの」を口にするのは何だか気が引けるのだ。「いちばん好きなもの」はいわばそのひとのアイデンティティの一部になっているわけで、それを馬鹿にされたり否定されたら、一種のアイデンティティ・クライシスを起こしかねない。オレもいちばん好きな作家を口にしたところ、その作家の作品をちゃんと読んでいるとは思えないどころか、文学全般にさほど詳しくないひとから嘲弄されるという非常に不快な経験をしたことがある。以来、この手の質問に対しては「谷崎潤一郎」というもっとも無難な(無難か?)答えで応じるようにしている。実際に好きなんだけどね、谷崎。
こんな問題で神経質になっているのはいささか神経症気味の文化系男女だけで、ふつうのひとはあっけらかんと答えるのかもしれないが。