モーツァルトよりもピストルズ

学生時代のオレは、ひどく寝付きが悪くて苦労した。いわゆる入眠障害というやつである。クラシック音楽でも聴けば心安らかに眠れるだろうと思ったのだが、これが大間違い。クラシックの「名演奏」と呼ばれるものは、だいたいテンポに微妙な緩急を付けている。しかし安眠するには、一定のリズムに身体を委ねたほうがいい。ようやく眠気が襲ってきたかというところで、テンポが揺らいで意識が覚醒する。あとはいわゆる「癒し系」の音楽もよろしくない。はじめて聴く音楽は、聴き手に一定の緊張を強いる。「この曲の第一主題は何なのか」「これからどのように展開するのか」「このストリングスは本物なのか、シンセサイザーを使っているのか」というつまらぬことが気にかかり、まるで眠気が襲ってこない。
そんなある日、ベッドに寝そべりながらセックス・ピストルズを聴いていたら、別に眠るつもりもなかったのに猛烈な睡魔に襲われ、じつに快適な目醒めを経験した。その後の聴体験からしても、「何度も聴き慣れており、リズムも構造も単純きわまりない音楽」が寝るにはちょうどいいという結論に達した。
もっとも本格的な入眠障害に悩まされているひとは、精神科に行って睡眠薬を処方してもらうのがベストだと思う。逆説的になるが、精神の病は精神論では治りにくい。しかし書店に置いてある安眠術を説いた本は、まるで睡眠薬に頼るのが「最後の手段」であるかのように書いてあることが多い。ケミカルな手段で治るものは、さっさとケミカルに治したほうがいいんじゃないのかなあ。