「弊社は靖国神社の近くにありますから……」

8月15日をすぎるとテレビからも新聞からもネットからも急速に例の戦争にまつわる話題がなくなるのはいささか業腹なので、時期外れを承知の上で例の戦争にまつわる個人的な思い出を書く。
オレは1999年に、神田神保町古書店街に社屋を置く出版社が発行するメールマガジンで書評やCD評を連載していた。読者対象はいわゆるF1層の女性だが、取り上げる作品の選択はこちらに一任されていた。そして坪内祐三の『靖国』(ISBN:4101226318)を読んで「これは面白い」と思ったオレは、次回はこの本を取り上げようかと編集部に打診した。しかし「弊社は靖国神社の近くにあるので、そんな本の書評を載せたら何が起こるか判らない」という判るような判らない理由で、別の本にするようにやんわりと命じられた。東京の地理に詳しくないひとのために説明すれば、神保町の古書店街がある通り(「靖国通り」!)を西へ西へと歩いていくと、10分から20分ほどで靖国神社の大鳥居に到着する。その出版社が靖国神社の近くにあるのは、たしかではあるのだ。
実際に読んだひとなら判るだろうが、坪内の『靖国』は紋切り型の靖国批判でもなければ靖国礼讃でもなく、もう少し違った角度から靖国神社を取り上げた本で、だからこそ「面白い」と思ったのだ。その編集者は内容もよくチェックしないまま、『靖国』というタイトルに過剰反応して、「これはヤバい本かもしれない」と判断したのだろう。それに「靖国神社の近く」にあると言えば、『靖国』の出版元である新潮社だってそうではないか。
このメールマガジンの仕事は、『靖国』とはまったく関係のない理由で編集者と不和になった(この原因はあきらかにオレに責がある)ので、長続きしなかった。そして思い出しついでに書くが、源泉徴収票ではメールマガジンの執筆で得られた収入が「原稿料」ではなく、「雑費」として扱われていた。IT系ではない出版社のメールマガジンに対する当時の認識は、こういうものだったという一例として示す。