骨抜きカウンター・カルチャー

いまでは県知事からのメッセージが届くくらい「苗場のイベント」として定着したフジロックだが、最初に苗場で開かれた第3回(1999年)のころは、地元で歓迎されていなかったようだ。苗場から自動車で40分ほどのところの中学校で教員を勤めていた友人は、「ロックを聴いているのは『不良』とその予備軍だ」「ロック・フェスティバルには、麻薬の密売人が徘徊している」と本気で信じ込み、フジロックへの恐怖を募らせていた。その教員ばかりではない。地元の教育関係者の多くが、同じ懸念を持っていたようである。「オルタモントの悲劇」のころではあるまいし、いまどきロックにそんなイメージを持っているのは馬鹿げていると思ったのだが、ロックについて何も知らない(知ろうともしない)その友人を説得する気にはなれず、適当に話を逸らした。あるいはフジロックがクリーンなイメージを打ち出しているのは、当初のこうした偏見を打破するためだったかもしれない。
もっともオレはこの友人を嘲笑う気にはなれない。一般メディアがオタクや腐女子に抱いているイメージだって似たり寄ったりであり、ロックも大差がないというだけである。その意味では民放よりも国営放送がサブカルチャーやユースカルチャーに好意的な日本はおかしな国だな、とも思う。ちょっとキャリアのあるロック・ミュージシャンや漫画家なら、NHKできちんとしたドキュメンタリー番組が作られる。たとえ民放では色物扱いされている存在であっても、である。ちゃんと反抗させてくれよ、国!
最初の段落と次の段落で別の話になってしまったが、まあ、趣味で書いているのだから許せ。