ヤマト朝廷の「自然」

北関東の大学に通っていた時期を除けばずっと北海道で暮らしていて、塚本邦雄を参照しつつ『古今』や『新古今』に取り組んでいる知り合いから、「ここで描かれている『自然』が、『自然』だとは思えない」と言われる。なるほど、『古今』や『新古今』で描写されている「自然」はあくまでもヤマト朝廷の支配が及んでいた地域の「自然」であって、北海道に生まれ育ったひとからすればほとんど外国に感じられるわけか。梅と桜が同時期に咲き、雪がまるで風流なものではない地方。
ちなみに新潟市の中心部から少し離れたところに「沼垂(ぬったり)」という地名があり(参考)、この辺がヤマト朝廷が支配する北限だったようだ。自分をできればヤマトではなく蝦夷の人間としてアイデンティファイしたいオレとしては、何やら業腹の話ではある。まあ、「お前の顔はどこからどう見ても弥生人だ」と言われたら、反論のすべもないのだが。