仏独戦争?

いまオレの手元には「世界の名演奏家」と副題された『レコード藝術』誌の1966年7月臨時増刊号がある。なぜそんな古い雑誌が手元にあるかといえば、母親の蔵書で、かついまの仕事の参考になりそうだからだ。副題からも判るように、当時現役で活躍していたクラシックの演奏家のガイドブックである。
指揮者としてはアンセルメカラヤンベームバーンスタイン*1、クリュイタンス、ミュンシュの6人が横綱級の存在として挙げられている。この並びはアルファベット順でも、アイウエオ順でも、生年順でもない。それだけ当時はアンセルメは日本の音楽ジャーナリズムで重視されていたのだろう。
しかしそれから41年が経過したいまとなってはどうか。カラヤンベームバーンスタインは死後もなお神格化され、クラシックが好きなら誰でも知っている。対してアンセルメ、クリュイタンス、ミュンシュはそれなりにクラシックに詳しいひとでなければ知らないだろう(オレがCDで演奏を聴いたことがあるのは、ミュンシュだけだ)。
なお前者はドイツ系、もしくはドイツ人ではないがドイツ音楽を得意とした指揮者で、後者はフランス系、あるいはフランス人ではないが、フランス音楽を得意とした指揮者である。日本のクラシック音楽界は「独高仏低」なのだなあ、とあらためて思わされる。
ひるがえって文学ではどうだろう。これははっきりと「仏高独低」の時代だ。何しろドイツ文学研究を「一大斜陽産業」と自嘲する中堅のドイツ文学者がいるくらいだ。それに現存しているドイツ文学者で、一般読者向けのエッセイで好評を博しているのは池内紀くらいである。前出の「中堅のドイツ文学者」も一般読者向けの本を出しているが、ドイツ文学者として「ドイツ的なるもの」を再検討する内容なので、池内紀の著作とはかなり性格が異なる。
ここまでくだくだしく書いてきて、オレが言いたかったことは以下になる。もしこのブログの読者で、オレ(1970年生まれ)よりも年下で、大学の独文科を卒業(あるいは中退)したひとがいたら、ぜひともドイツ文学科に進学した理由を知りたいからだ。コメント欄なり、メールなり、何らかの方法で教えてほしい。
オレとしては「志望校に哲学科がなかったので、せめてニーチェハイデガーを原書で読めるくらいの語学力を身に付けたかった」「志望校に哲学研究でも著名な教師がいた」という、きわめて消極的な理由しか思い付けないのだが。

*1:雑誌では「バーンシテイン」と表記