No more soured sentiment!

近所の書店をぶらぶらしていたら、下の本に出喰わす。

“ポストモダン”とは何だったのか―1983‐2007 (PHP新書)

“ポストモダン”とは何だったのか―1983‐2007 (PHP新書)

半年ほど前にニューアカをリアルタイムで知っている世代ならではの悲喜劇を機会があったら書いてみたいと表明したのだが、自分と同い年の未知の書き手がPHPという版元からこのような本を出すとは、まさしく不意打ちというか、「してやられた」としか思えないではないか。
しかもあとがきによれば(アマゾンで「なか見!検索」ができる)、若いころの自分にとっての「文化的なヒーロー」だった坂本龍一に対する幻滅(浅田彰的なものから、中沢新一的なものに「転向」したこと)が、本書を書く上での大きな動機になっているとか。動機までオレと同じじゃねぇか。
かような次第で嫉妬と近親憎悪的な感情にかられそうなので、オレはおそらくは買わないだろう。しかしざっと立ち読みしたかぎりでは、ニューアカの現象面を通俗社会学的に記述するだけではなく、ニーチェからハイデガーを経由し、フーコーにいたるまでのヨーロッパ哲学史の流れもきちんと説明されている。浅田彰ブームはおろか東浩紀ブームですらリアルタイムでは知らない(いまの大学1年生は、『存在論的、郵便的』が出版されたときはまだ小学生だったんだよね)若い読者が副読書として読むにはいいだろう。あくまでも「副読書」としてだが。