ふたりきりの世界

夢を与える

夢を与える

決してつまらない小説ではないし、300ページという長さに見合った内容を備えているのだが、それでもやはり「稀薄なものを読んだ」という読後感を持った。これは登場人物の描きかたによっている。最初から最後まで強い存在感を持って描かれるのは主人公の夕子とその母親の幹子だけで、父親の冬馬も、中学時代の淡い恋の対象だった多摩も、芸能界でのよき指南役となった「RQ刹那ギャルズクラブ」のメンバーも、初体験の相手で決定的な破滅の原因にもなる正晃も、とってつけたように物語世界に現れては消えていく。朝日新聞の書評で巽孝之「いっさいの『歴史』がうかがわれない」と評したのも、こうした特徴のためだろう。
これは友人から指摘されて気付いたのだが、『インストール』も『蹴りたい背中』も「主要登場人物」といえるのはふたりしかいない。『インストール』が文庫化されたときに併録された短篇「You can keep it.」もそうだ。綿矢りさは「わたし」と「あなた」の関係しか描けない作家なのかもしれない。これが彼女の生まれつきの資質なのか、作家としての未熟さを示しているのか、あるいは「セカイ系」と呼ばれる想像力がアニメやライトノベルだけではなく、もっと多様な文化ジャンルで浸透している事実を反映しているのか、即断はできないが。