素朴な話

東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)

東京から考える 格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス)

東京論という枠組みから逸脱して、「オレはローティ、キミはロールズ」みたいな話に突入する第5章がいちばん面白かったのはどうしたものか。北田暁大東浩紀の立場の違いがもっとも浮き彫りになるのもこの章なのだが、東浩紀は自分に子供ができたことにこだわっている。

ほかのすべての記憶は脱構築し、解体できても、誕生の事実だけは解体できない。私たちは、どれほど多様なアイデンティティを抱えていたとしても、必ずだれかから生まれてきているのだし、そしてそのときに必ずひとりの男性とひとりの女性に負債を帯びている。これはある意味でとても思弁的で抽象的ですが、しかし驚くほど素朴な話です。

そしてこの「素朴な話」を前にしては、文化左翼の緻密で繊細な議論はあまり役に立たないのではないかと東は主張する。彼が西荻窪や下北沢といった「サブカルの街」に冷淡なのも、これらの街が独身者に便利にできており、未就学児を抱える親にとっては居心地がよくないのが理由のひとつになっているのだろう(西荻窪に関しては、子連れにとっては意外と不便な街だとはっきり発言している)。
そんなわけで、「子供ができると『転向』するのだなあ」という「素朴な」読後感を持ってしまった。日本(にかぎらないが)では知識人や芸術家と呼ばれる男性が意識的に子供を作らないのは、なかば公認されたライフスタイルとなっているが、みな「転向」を恐れているのか。違うか。