音楽とグラフィックばかりじゃない

パソコンといえばNECの98シリーズかMacintoshしか選択肢のなかった1990年代初頭、外国文学研究者のあいだではMacのほうが人気があった。GUIによる感覚的な操作が文系の人間にとっては親しみやすかった、だけが理由ではない。フランス語のアクサン記号やドイツ語のウムラウトが簡単に入力できた点が大きい。MS-DOSアクサン記号ウムラウトが入力できたかどうかはオレは知らない。ただし入力できたとしても、かなりの手間がかかったであろうことは何となく想像できる。『マッキントッシュによる人文系論文作法』(ISBN:4795257752)という本が出版された事実だけでも、当時のMac人気がうかがえるだろう。
インターネットが普及し、Windows95が登場した1990年代後半になっても、フランス文学を学ぶ教員や大学院生のあいだでは「パソコンを買うならMac」という声が強かった(少なくともオレが在籍していた大学院では)。これにはフランス文学好きに特有のアメリカ嫌いも関係があるだろう。アップルだってアメリカのメーカーだが、マイクロソフトのほうがより悪い意味でアメリカ的なイメージがあったのだ。そもそもどうせパソコンを買うなら、先輩や同僚が使っているマシンと互換性のあるものを選んだほうが便利に決まっている。
「かつてMacを熱狂的に支持していたのは、音楽畑とグラフィック畑の人間。しかしWindowsの機能が洗練され、アプリケーションが充実してからは、あえてMacを選択する必要がなくなった」というのが、いまでは定説となっている。しかし外国文学(特にヨーロッパ文学)研究というジャンルでも、Macは安定した人気を保っていたのだ。誰かが書かないと忘れ去られてしまいそうな事実なので、ここに記しておく。