読む歓び

柴田南雄『聴く歓び』(ISBN:4103485019)をじわりと読み進める。いや、本当はじわりと読みたいのだが、200ページ程度の薄い本で、おまけに音楽誌ではなく文芸誌に掲載された肩の凝らない短いエッセイを集めており、さらに柴田南雄の著作を読み慣れた身としては既視感のある話題が多く、どうしてもするりとページをめくってしまう。ともあれ自分の仕事とも「ネットで評判の……」とも無縁の、純粋に趣味的な読書は久しぶり。
この本は1974年から1983年までの連載をまとめているので、カール・ベームが当たり前のように存命中であったり、エリック・サティが「異端の作曲家」であったり、ショスタコーヴィチ交響曲第13番」の日本初演が劃期的な出来事として描かれているが、こうした古色蒼然とした味わいもまたよろしい。
「既視感のある話題が多く」とは言うものの、目新しい話題だってもちろんある。なかでも心惹かれたのテキストは、「ジプシーのギタリスト、マニタス・デ・プラタ」と「三宅榛名『ほんの47分の地獄』」。マニタス・デ・プラタははじめて知った名前だが、「文字も楽譜も読めないとかで、年齢もはっきりしないらしい」が、「ピカソコクトー、ダリ、シュバリエなどの絶大な御ひいきに与って来たらしい」、「生身の人間がそっくり音楽そのものと化すみたいな所があった」ギタリストとのこと。何枚かディスクが発売されているが、テキストを読むかぎりでは、実演に接しなければすごみが伝わらないタイプのようだ。それにディスクそのものも、いまでは入手困難。
三宅榛名の『ほんの47分の地獄』は名前だけは知っていたが、『聴く歓び』を読むまでは具体的な内容は判らなかった。そしてこれは実演ではなく、ディスクで接したほうがよさそうだと思ったのだが(そもそも実演で再現するのは難しそうだ)、やはり入手困難。ああ、iTMSのカタログの充実のならんことを。