公共性

人文系の大学教師は「ネットの公共性」という議論にはあまり関心を持たない(持つとしても、「だからどうしたの?」という反応を示す。あるいは雑誌やシンポジウムといったネット以外の場で、この問題について触れる)印象がある。これはそもそもネット以外の場で自分の文章を発表する機会があり、ネットはあくまでもappendixとして利用しているからではないだろうか。
ちなみにこれは今日のisedの発表を踏まえたものではなく(そもそも参加していない)、まったく別の件をきっかけにふと考えたことなのだが。