設定肥大症

ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』(ISBN:4043747012)読了。いかにもラカン派の分析欲を誘うような小説だが、オレはそういうひとではないので、そういうことはやらない。

まず感じたのは、非現実的なストーリーに現実感を持たせるのに、「設定」に頼ってはいけないこと。たとえばフランス語の「会話」教室に通っているのに、er動詞の活用について延々と「説明」されても、不毛な気分に陥るだけだ。読者に疑問を抱かせる暇など与えずに、一気呵成に物語を語り上げたほうがいい。この点で『ネガティブ』は成功している。「設定」の「説明」なんて、なければなくてもかまわない。もちろん「設定」に頼らずに物語を進めるには、ある程度の文章力と構成力が必要になるが、そのくらい、あっても当然という気がしなくもない。

それから副主人公の渡辺の扱いがいい。「最初はインテリジェントテクノかと思わせといて、いきなりリッチー・ブラックモアもかくやと言わんばかりの、クラシカルなギターソロ」が掻き鳴らされる「頭悪そうな曲」を、できればオレも聴きてみたい。おそらくは作者の滝本竜彦自身、音楽にはそれなりに詳しいひとなのだろう。しかし「いかにも」な音楽ファンを主人公にすると、ある種の読者は「鼻持ちならないセンスエリートが書いた小説」と白けてしまう。そのため、「たまに気に入った曲のCDを買うぐらいの」音楽好きである山本を主人公にして、山本の眼を通して渡辺のすがたをいささか戯画的に描いているのだろう。こうした要素をすべてひっくるめて、青春小説としてちゃんと「泣かせる」話になっており、後味よく仕上がっている。

出版される過程で編集者やプロダクションがどのくらい手を入れたかは判らないが、このひとは継続的に小説を書くためのスキルを持っていると思う。『NHKにようこそ!』(ISBN:4048733397)も読まないとね。