riot in Komaba

『ハイスクール1968』をさっそく読む。


 実をいうとわたしは、中学三年生の春休みに神田の三省堂の二階にあった教科書売場を訪れ、数I、数IIB、数IIIからなる高校課程のすべての教科書を買い揃えていた。(中略)高校一年生の授業が開始され、級友たちが初歩の因数分解に戸惑っているころ、わたしはもうひとりの数学好きの友人とともに、あたかも富士山の頂上に達した者が、蟻の行列のように連なって下の方を昇ってくる登山者たちの群れをのんびりと眺めているかのような気分になっていた。

……10月から11月にかけて、わたしの通学している教育大駒場の周辺でも、駒場高から豊多摩高まで、次々とバリケード封鎖の旋風が生じた。新宿高では三年生の一人が、封鎖された音楽室でドビュッシーを優雅に演奏していたという、まことしやかな噂が流れてきた。大分後になって、その生徒が坂本龍一という名前であったと、わたしは知らされた。
といった語り口に、「当時の東京山の手在住のエリート高校生たちは、知的に洗練された生活を送っていたのでありますなあ」といった反撥を覚える読者もいるかもしれないが(オレだって覚えた)、「高校紛争」というこれまで言及されることの少なかった出来事を当事者が記録した書物として、意義があると思う。大学なら中退であっても、運と才能がそこそこにあればまともな仕事に就けるのに、高校を中退した者は本書でも書かれているように、ブルーカラーとして単調な労働に従事するほかなく、だかこそ「高校紛争」に参加していた連中のほうが、はるかに肝が据わっていたのではあるまいか。