烈士とアルバイト

昨日、出会い系サイトのアルバイトの話を書いたので、オレが同じころに経験したもうひとつの「パソコンのお仕事」を書きたくなった。こちらは3日間だけの短期アルバイトだったが。
その職場では春の受勲や秋の受勲が発表されるたびに、NTTの「104」で受勲者の連絡先を調べ、電話で諒解を取り付けた上で高額な紳士録(正式名称は違っていたはず)や皇族の写真集、および料金の振込用紙を送っていた。もちろん返品は可能だが、そこが日本人の哀しい性で、「せっかく送ってもらったのだから」ということで料金を振り込んでしまう者は多い。そして返品したら、いささか脅しめいた電話がかかってくることになる。オレが担当していたのは住所録の入力(21世紀にもなっているのに、慣れないMS-DOSを使わされた。Windowsマシンを使っているとなりの経理の女性がやたらと羨ましかった)およびその他の雑用で、わりとのんびりしていたが、基本給に歩合制がプラスされ、黒板に営業成績が大書される販売員たちの態度には鬼気迫るものがあった。仕事が最高潮に達するのは15:00前後なのだが、すると電話口に向かって喋る声がオフィスのなかにモアレ状に広がり、下手な現代音楽よりも異常な聴体験をすることになった。
勤務態度がわりと真面目だったのと、パソコンの入力がスピーディーだったのが評価されてか、職場の責任者からは「もう少しここで働いてみない?」と言われたが、オレは鄭重にお断りした。何しろオフィスのもっとも目立つ位置に、昭和天皇三島由紀夫の「御真影」が恭しく飾られていたのだ。どういうひとたちの資金源になっているかは一目瞭然である。春の受勲が発表されるまであと2ヶ月。家族や親戚に受勲者が出たら、こういう商法に騙されないように、きちんと忠告しておこう。

こんなものいらない、かな?

なぜこんなものが存在するのかよく判らないものは誰にでもあるだろうが、オレにとっては「現代国語の授業」である。漢字や文法はともかく、それ以外のことを教える必要がどこにあるのか。小学校から高校まで国語の成績は一貫してよかったのだが、授業をまともに聞いたことも、家で自習したこともない(乱雑な読書が結果として自習になっていたのかもしれないが)。テストでは自動筆記状態で解答欄を埋めていったら、なぜか正解していたというパターンを繰り返していた。ゆえにオレは家庭教師で国語を教えられる自信がまったくない。「こうすれば正解にたどり着ける」という方法論をまったく持っていないからだ。
そんなわけで国語の教科書で何を読まされたのか、ほとんど覚えていないのだが、ひとつだけ感心した文章がある。「自然科学に詳しいと自称しているひとは、『地球は完全な球体ではなく、赤道方向に膨らんだ楕円形をしている』と言いがちだ。しかし赤道方向への膨らみはほとんど誤差の範囲であって、完全な球体と表現したほうがやはり正しいのだ」という内容。誰が書いた何という文章なのだろうか。
あとは小林秀雄が「平家物語」の文体の簡潔さを称えた文章と、吉田秀和が相撲の解説記事を書くことの難しさを語った文章が、これといった理由もなく記憶に残っている。小林秀雄吉田秀和という、良くも悪くも旧制高校的、「東大仏文」的な知識人の文章を覚えているとは、いまとなっては気恥ずかしい。