社会的な関心

メインのブログとは別にサブのブログを作ることになった知り合いから、どんなことを書いたらいいのか相談され、「クリッピング系のニュースサイトでもやってみたら?」と答えたところ、「社会には関心がないので、そういうものを作るつもりはない」と返されたことがある。しかしこの手のサイトは社会に対して格別の興味があるわけではなく、単に「更新したい」という情熱はひと一倍あるものの、特に書くことが見つからないひとが手掛けるものではないだろうか。

何かと評判の悪いNaverブログを運営しているNHNの金亮都氏は、「個人がサイトを作っても、公開に見合うコンテンツがないので、なかなか長続きしない。デジタルデータを簡単に(そしてもちろん合法的に)共有する仕組みがあれば、みんながもっと気軽に更新するのではないか。そう思ってNavarブログには『スクラップ機能』を実装した」といったことを、あるシンポジウムで語っていた。「日記サイト」がむかしから盛んだった日本とは異なり、韓国では「コンテンツ」というと、音楽やCGといったちゃんとした「作品」になっているものがまずは連想されるのだろう。

そして日本では「URLのクリッピング」が、「気になる情報を共有するための行為」として普及したのであった。

法の完全実行

isedの議事録で、法の完全実行がいつの間にかキーワードになっていた。

いまの社会は「ちょっとした悪事」に対して不寛容になりつつある。歌詞を盗作した歌手や子供のころの万引きを告白したタレントに対する激しいハラスメント*1が、それを象徴しているだろう。上記キーワードの説明文にもあるように、インターネットの普及がこの動きを加速させている。

この問題は有名人にかぎったことではない。自分の恋人や配偶者の本名を何気なく検索して、じつはセックスや薬物がらみの犯罪で逮捕歴があることを知ったら、ほとんどのひとは平静ではいられないだろう(たとえいまでは「足を洗って」いるとしても)。しかしこうした事態は、誰を幸せにするのか。誰を救済するのか。

*1:あえて「バッシング」とは書かない。