20年前の記号の国

東方見聞録―市中恋愛観察学講座

東方見聞録―市中恋愛観察学講座

最初のページの枠外に「この時代に描かれている時代背景・状況説明等は1987年(昭和62年)当時のものです」とわざわざ書いてあるのは、いまならストーカーとして通報されねないようなシチュエーションから、この恋愛(なのか?)物語がはじまるからだろうか。
1980年代に連載された漫画をいま読むと、ストーリー自体よりもそこに書き込まれた風景が気になる。なぜならこの時代が、オレが当時の流行や風俗をリアルタイムで知っている最初の時代だからだ。未来の歴史学者は20世紀の日本の都市風俗を研究するときに、文学よりも漫画を参考にするかもしれない。そのように思うほど、東京の風景が細かく書き込まれて説明されているのは、路上観察学や考現学がブームになっていたからだろうか。と藤本由香里の解説を読んだら、まったく同じことが書かれていた。オレ程度の人間の考えることは、誰でも考えるのだな。中野ブロードウェイが「フツーのアーケード街」と紹介されているところに少しだけ時代の変化を感じるが、同じく解説にあるように、意外と東京の風景は変わっていないことに気付く。あと神田の古書店街に行こうと思ってJR神田駅で降りて、「ふつうの書店しかないじゃん」と戸惑うという経験は、オレもやった。
ところで岡崎京子の作品では「東京は朝の7時」という『朝日ジャーナル』終刊号に掲載された掌編が気に入っている。バブルはすでに崩壊していたのに、まだ誰も(もちろん作者も)それに気付いていなかった時代の東京を鮮やかにすくい取っている。終刊後に重要記事をピックアップして編集された『朝日ジャーナルの時代』には収録されているが、たった数ページの漫画のために、『広辞苑』よりも大きい本を薦めるのは気が引ける。

追記

コメント欄によれば、「東京は朝の7時」は『文藝別冊 岡崎京子』で容易に読めるとのこと。アマゾンではなぜか見付からなかったので、河出書房新社のサイトにリンクする。

岡崎京子―総特集 (KAWADE夢ムック)

岡崎京子―総特集 (KAWADE夢ムック)