オペラと徴兵制

年末年始のテレビの特別番組もそろそろ底を付きかけてきた感があるが、オレがもっとも興味深く視聴したのはNHKハイビジョンで先月29日に放送された、「あの歌声を再び〜テノール歌手 ベー・チェショルの挑戦〜」であった。これは将来を嘱望されつつも甲状腺癌のために日常会話もままならなくなった韓国人テノール歌手のリハビリを描いたドキュメンタリーである。一緒に観ていた声楽家の妹は、「やはり韓国人には敵わない」と嘆息していた。ドキュメンタリーでは癌を患う前のベー氏(漢字でどう書くのか判らない)のコンサートの映像が挿入されたのだが、ああした繊細さと力強さを併せ持ったテノールは韓国人には多いが、日本人にはあまりいないというのだ。
なぜなのか。妹は骨格や国民性の違いに答えを求めていたが、それだけでは説明できない気がした。まずは西洋クラシック音楽を理解するには欠かせないキリスト教が日本ではなかなか根付かないのに、韓国ではしっかり根付いていること(ベー氏は敬虔なプロテスタントである)、そして徴兵制のことも理由になるのではないだろうか。よく知られているようにアメリカ国籍を取得するといった裏技を使わなければ、20歳以上の韓国人男性には最低でも2年の兵役義務がある。オレは日本向けに出版された漫画や教養系の新書でしか徴兵制の実態を知らないが、この期間に精神的にも肉体的にも相当に鍛えられるのは事実のようだ。この土台があるからこそ、東洋の伝統音楽には存在していないベルカント唱法をわがものとする土性骨が備わるのではないか。
以上は西洋クラシック音楽の高等教育を受けたことも韓国に滞在した経験もない日本人の妄言にすぎない。これが真実だと断言できる自信はないし、もちろん日本でも徴兵制を復活させるべきだと主張したいわけでもない。だいたいまだ「休戦中」である韓国とは異なり、いまの日本に徴兵制を導入する必然性は薄い。あるいは「裏技」を使った韓国人のテノール歌手もいるのかもしれない。ただ今日になっていきなりこんなことを思い付いたので、書き留めておきたくなっただけである。