安吾と眼鏡

文学者と眼鏡といえば、前から坂口安吾のことが気になっている。旧制新潟中学時代の安吾は急速に視力が悪化し、最前列に座っても黒板の字がまともに読めないようになり、成績が低下、放校処分になるのを避けるために東京の中学に編入学した、と多くの年譜には書いてある。しかし父親の代で家が傾きかけていたとはいえ、かつては大富豪であった坂口家に、息子に眼鏡を買い与えるだけの経済的余裕すらなかったとは考えにくい。その証拠に東京に越してからの安吾の写真を見ると、まだろくな収入がなかった時代からきちんと眼鏡をかけている。本人は「私の母は眼鏡を買つてくれなかつた」と書いているが、これはただの弁明で、故郷と生家の呪縛から逃れるために、意図的に眼鏡をかけるのを拒否したのではないのだろうか。