ホンモノ

美術をめぐるスキャンダルが絶えないのは、「ホンモノ」がひとつしかなく、かつ専門家だけではなく、一般の愛好家までもが「ホンモノ」を求め、それゆえに「ホンモノ」を得るために莫大な金銭が動くからだろう。そんなことを言えばモーツァルトの自筆楽譜や三島由紀夫の自筆原稿だって「ホンモノ」はひとつしかないわけだが、われわれのほとんどはドイツ・グラモフォンによって複製された『フィガロの結婚』や、新潮社によって複製された『豊饒の海』で満足しており、「ホンモノ」に何やら特権的なアウラがあるわけではない。さらにはたとえ「ホンモノ」であっても、専門家のお墨付きがなければ価値が伝わりづらい作品があることも事態をややこしくしている。
この本の著者は美術の専門家ではなく、「平凡パンチ」や「ダ・カーポ」などの編集者として活躍した人物。ゆえに文章はきわめてリーダブルで、視線も一般の愛好家に近い。難を言えばそれだけで単行本が1冊できるだけの大事件の説明を10数ページでまとめている点だが、もとより教養系の新書とはそうしたものなので、これはないものねだりでしかない。