百人町

打ち合わせで百人町。いまだに大久保駅新大久保駅の関係が判らず、混同しそうになる。百人町といえば、いまでは猥雑な魅力を持つ国際都市になっているが、大正時代はどうだったのだろう。
そんなことを気にするのは、オレが愛読している戦前の文筆家の何人かが(その多くは、いわゆる「良家の子弟」である)、百人町に住んでいた記録があるからだ。百人町は存外、「おハイソ」な街だったのではないか。「そんな気がする今日 日曜日」