北田暁大さん講演会『増殖する「ナショナリズム」の正体』参加

http://d.hatena.ne.jp/kwkt/20050720#p1
このレポートで面白いのは、じつは後半部分。この種のイベントの質疑応答コーナーで、まったく「質」にも「疑」にもなっていない自説を延々と繰り返すひとはたしかにいる。こういうひとは「大勢のひとが聞いている場で自説を語ることで、自己満足を得たいだけ」と説明されることが多いが、彼らの一様に切迫した余裕のない語り口からは、もっと切羽詰ったものが感じられる。質疑応答のコーナーがあるからには何か発言したい、どうせ発言するなら、ひねった内容にしたい、でもひねった質問なんて、なかなか思い付けない、あ、次の質問が最後なのか、どうしよう、といった焦りが結果として意味不明な言動になるのではないか。
同じ現象はブログのコメント欄にも見られるわけで、質疑応答もコメント欄も本当に必要なのかどうか、よく判らないよね。オレは長文コメントがどんどん投稿されても、あまり気にならないほうだけど。