時事と文化

去年、ブログ界隈で話題になった映画は、マイケル・ムーアの「華氏911」だろう。しかし話題になったのはもっぱら「社会現象としての『華氏911』」であって、「映画作品としての『華氏911』」ではなかった。「華氏911」をめぐってさんざん「噴き上がって」いたのに、じつは映画本編を観ていなかったひとは意外と多いのではないだろうか。実際、すべての発端となった町山智浩によるレビューを除けば、多くのひとに影響を与えた「華氏911」評は少なかった。

文学や映画についてきちんと作品に接した上で文章を書くには、それなりの時間的・経済的な余裕が必要だ(ほんの数千円、ほんの数時間の「余裕」にすぎないが)。それに対して時事問題であれば、低コストで語ることができる。テレビのニュース番組と検索エンジンで、必要な情報はだいたい手に入るからだ。いわゆる「大手」と呼ばれる論壇ブログにしても、既存の情報に対する解釈がユニークなだけで、独自の情報源を持っているところは少ない(だから悪い、と言いたいわけではない)。

時事問題について積極的に語っているブログは非常に増えている。だからといって政治や社会に真面目に興味を持っているひとが増えたとは思えない。低コストで必要最低限の情報を得られ、それゆえに話題に参加するための敷居が低いため、論壇ブログを読むことや書くことに熱心なひとが増えただけの話ではないか(もちろん一部の良質な論壇ブログはそのかぎりでない)。もっと鼻持ちならないディレッタントになろうぜ、みんな。