翻訳調にして翻訳困難

山田正紀『謀殺の翼747』(ISBN:4122022274)を読む。設定がゲーム的になのに、登場人物がことごとくウェットに描かれているので、読み終えてもあまり爽快感がないのが、いかにも山田正紀らしい。こちらとしても彼の作品に爽快感は求めていない。佳品。ところでこの作品が出版されたのは1989年だが、もとになる発想を得たのは1987年に起こった大韓航空機事件の前なのだろうか、あとなのだろうか。

それにしても山田正紀の文体には、ほかのSF作家やミステリ作家にはない独特の癖がある。代名詞を多用しているのは、アメリカやヨーロッパのエンターテインメント小説の翻訳文体を意識してのことだろう。では彼の文体を英語なりフランス語なりに逐語訳して意味が通じるかというと、そうではない気がする。山田正紀が作家デビューする前、中近東を放浪していたのは有名な話だが、のちのインタビューで当時はブロークン・イングリッシュしか喋れなかったと語っている。「翻訳文体は好きだけど、外国語は苦手」というのが、あるいは彼の文体を特徴付けているのではなかろうか。妄想だけど。