遵法闘争(大幅に加筆・修正)

いまの音楽著作権制度は、あまりにも複雑だ。しかも単なる問答集ではなく、なぜこのような制度が導入されたのか、その歴史的な背景までしっかり解説した一般向けの書籍があまりにも乏しい。このような状況では、横紙破りにファイル共有ソフトに音源を流出させたくなる気持ちも理解できなくはない。しかしそれでは結局は逮捕され、2ちゃんねるで晒し者になるのがオチだ。杓子定規なシステムに対しては、杓子定規な手段で応じたほうがいい。まさに徳川候がそうしたように。

オレの「4分33秒」の録音≒演奏も、最初はそのつもりはなかったのだが、録音権*1をめぐる交渉を重ねるあいだに、JASRACに対する遵法闘争となっていった。今回の件については、「『4分33秒』の権利を持っているJASRACって、何てバカな組織だろう」という短絡的な反応が少なくない。しかし責められるべきは、JASRACではなくヤン富田である(笑)。彼が「ミュージック・フォー・アストロ・エイジ」(ASIN:B00005G8SQ)で「4分33秒」をレコーディングしようしなければ、JASRACに権利が信託されることもなかったのだから*2

たしかにJASRACは官僚的な組織である。実際、官僚の天下り先だ。しかし官僚的な組織だからこそ、手続きさえきちんと踏まえれば、「4分33秒」のような珍妙な楽曲をレコーディングしたいという無名のフリーライターの要望にも応えるのだ。あらゆることにフレキシブルに対応する民間の組織が相手だったら、逆に「そんなものを録音してどうするつもりなんですか」と怪訝に思われたかもしれない。JASRACの場合はデータベースに登録されている曲であれば、音楽的な内実をいっさい問うことなく、一律に録音権や演奏権を与えるのだ*3。録音≒演奏する側としては、こうしたドライな組織のほうがありがたい。それに単に録音権を得るだけなら、手続きは半日で済む(平日の昼間なら、だけど)。JASRACのサイトから2種類のPDFファイルをダウンロードしてプリントアウトし、必要事項を記入してファクスを送信し、規定の録音料を振り込むだけだ。

しかも上の手続きの過程で、JASRACが旧来の制度を守りつつもデジタルメディアにも誠実に対応しているさまを伺い知ることができる。たとえばオレが録音≒演奏した「4分33秒」の原盤は、当然ながらこの日記を書くために使っているデスクトップパソコンの内蔵ハードディスクなのだが、JASRACは内蔵ハードディスクを「オーディオディスク」(音楽CD、CD-ROM、SPレコード、LPレコードなど)ではなく、「オーディオテープ」(カセット、オープンリール、フロッピーディスクなど)と見做している。最初は何を基準に区別しているのか理解できなかったのだが、しばらく考えて、フォーマット不可能なメディアを「ディスク」、フォーマット可能なメディアを「テープ」としていることに気が付いた。これは瑣末な例にすぎないが、実際にJASRACと交渉する過程で「見えて」くるものもあるのだよ。というか、JASRACは「FOUR MINUTES AND THIRTY THREE SECONDS」*4の「アーチスト」欄に、さっさとオレの名前を入れなさい(笑)。

*1:ほかの手続きはレコミュニが代行するが、録音権については個人がJASRACとじかに交渉する必要がある。

*2:もしこれが事実誤認だったら、どなたかご指摘ください。

*3:その証拠にJASRAC録音部のTさんは、「鈴木さんの録音はボーカル入りなのでしょうか」と質問してきた。これはJASRAC職員の無知を嘲笑うために紹介したエピソードではない。JASRACのデータベースを見ただけでは、「CAGE JOHN」なる人物が作詞も担当した可能性を否定できない。そうであるからには、上のような質問があって当然だ。

*4:JASRACにはこの曲名で登録されている。