恐るべきエゴサーチたち
ふと気まぐれを起こしてgoogle:鈴木芳樹]ではなく、[google:Yoshiki Suzukiとアルファベットでエゴサーチしたら、以下のページが見付かった、
http://www.1fct.com/trattoriamenu/tra/review/menu111.html
いったいどういう経緯でオレがトラットリアの公式サイトでカジヒデキのファースト・アルバムのレビューを書くことになったのかよく思い出せないし、それ以前にこの文章を書いたのをすっかり忘れていた。
いまになって読み返すとほとんど「妄想系」というか、ニューアカ的な言説に骨の髄まで毒されている男が書いた「香ばしい」テクストだとしかいいようがない。しかしカジヒデキのファンで、「フランス現代思想」的なものをきちんと理解している年長の友人から、「面白かった」と誉められたおぼろげな記憶はある。まあ、26歳になったばかりでサブカルチャーが好きな文系大学院生が書きそうな文章の(あまり上質ではない)典型として、ここに再掲しておく。現役の院生諸君の反面教師となれば幸いである。
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ラブロマンスとしてのボーイズラブ
先週の土曜日のシンポジウムでパネラーのひとりが「ボーイズラブ系の女性同人誌作家は、自分が描いているものが『猥褻物』だという認識が低い」と発言したのが、いまでも気になっている。そこで腐女子文化に現役でコミットしている知り合いにこの疑問をぶつけたところ、「彼女たちは自分たちが描いているものが『ポルノ』ではなく、『ラブロマンス』だと思っている」という返答があった。なるほど、これは大いに納得できる見解であった。そもそもヘテロセクシュアルの男性であるオレがボーイズラブを「優れた漫画」として楽しめることこそ、ボーイズラブがラブロマンスであることの証しではないか。少なくともオレはよしながふみやBassoの作品は「ラブロマンス」として楽しんでいるし、実際、よしながふみは同名義で、Bassoはオノ・ナツメ名義でふつうの(すなわち男性と女性が主人公の)ラブロマンスの佳作をいくつか残している。
そしてこれは中学生日記の「だって好きなんだもん!〜“腐女子”だって恋をする〜」を観たときにkanakanaさんが感じたイライラをある程度は説明するのではないだろうか。