ベルギー文学は存在するか

ヘタリア』(ISBN:4344812751)には名前は誰でも知っているが、なぜか登場しない国がある。それはオランダとベルギーである。ベルギーもオランダも文化や芸術の面では大きな業績を残している国だが、『ヘタリア』はおもに19世紀後半から20世紀の軍事と政治を扱ったもので、たしかに白蘭両国はこの分野ではそれほどの存在感を持っていない。登場しなくてもおかしくはないだろう。
と、ここまでは前置きにすぎす、本題はベルギー文学である。ベルギーには「ベルギー語」というものはなく、首都のブリュッセルより南ではフランス語、北ではオランダ語、ドイツとの国境付近のごく狭い地域ではドイツ語が使われている。あとフラマン語というオランダの方言(とされている)ものがあるが、これがどういう機会に誰が使っているのか、よく判らない。
またもや説明が長くなった。とにかくブリュッセルよりも南に生まれ育ったベルギー人は、フランス文学を原文で自由に読める。しかし生粋のベルギー人がフランス文学を大学で学ぼうとすると、たとえば在日コリアンや韓国人が日本文学を専攻するときと同じような両義的な感情を覚えるのではないか。何しろこの国は40年ほどフランスに占領され、フランスに併合された時期がある。まさに日本と韓国の関係に近い。
なお日本の大学にはオレの知るかぎり、ベルギー文学科は存在していない。ローデンバッハ(ローデンバック)やメーテルリンクメーテルランク)を学ぼうとしたら、フランス文学科に進学するしかない。それに岩波文庫でもローデンバック『死都ブリュージュ』(ISBN:4003257812)やメーテルランク『ペレアスとメリザンド』(ISBN:4003258312)はフランス文学として扱われている。こういう状況に疑問を持たない日本のフランス文学者はいないのかと疑問に感じてgoogle:ベルギー文学と検索したら、下の本を見付けた。

著者は1959年生まれで、目次を見るかぎりではカルチュラル・スタディーズやポスト・コロニアリズムの洗礼を受けているようだ。読んでみたいが、高いし、いまのオレの主要関心事は日本語における正書法の問題にあるので、買うのをためらってしまう。